E+motion プロジェクト始動❷

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先日のつづきです。

さて、少し出版の話に戻ります。
よく言われている「活字バナレ」。
みなさんは、この現象をどう捕らえてますか?

実は、「活字バナレ」を侵攻させている一番の要因は、
大手出版社と、それに追従する取次、小売り書店そのものではないかと自身は考えてます。
あらゆる業界の中でも、もっともこわれたマーケであると感じます。

一昔前は、「立ち読み」は日常でした。
「立ち読み」することで(お店には迷惑だったか)、読者は書籍の「商品価値」を充分に確認できました。

一般商材の場合、消費者は、商品スペック・競合商品との比較など様々な情報を購入判断の材料とします。
そこには、消費者の「目」という幾重ものハードルを越えた納得と「信用」「信頼」が必ず生まれます。

方やどうでしょう、書店では立ち読み防止のためとして書籍はラッピングされ、
まったく内容が確認できないようになってます。
つまり「商品価値」を消費者に確かめさせないで、一か八かの消費を、消費者に強いているのです。
このような市場に「信用」「信頼」など生まれるはずもなく、消費が右下がりの一途を辿るのも頷けます。

そこで、まず大切なことは、商材を販売しお金を集める前に、
消費者の「信用」を集めるということです。

今回の企画で目指したいことは、
❶全行程の「見える化(K池さんの請け売り)」
❷作品内容のWeb公開
❸作品の販売を他人任せにしない
上記3点を肝に銘じ「信用」「信頼」ある運営を実現していきたいと考えてます。

最後に1月19日(金)の公開日にあたって投稿した通信を紹介します。

以下抜粋————

【エモ通信vol.4エモ企画のクラウドファンディングが公開されました‼︎】

皆さまこんにちは!
ついに、エモ企画のクラウドファンディングページが本日1月19日公開されました!

https://camp-fire.jp/projects/view/56071

企画の立ち上げに際して、数多くの方々のご支援や応援の声をいただき、とうとう今日という日を迎えることができました。
皆さま、本当にありがとうございます。

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あなたが「読みたい」、あなたが「創りたい」珠玉の文芸本一冊のご提案!
みんなで創るアンソロジー集!

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私たち丘のうえ工房ムジカは、このコンセプトと強い覚悟を胸に、昨年より長い時間をかけて企画の準備を進めてまいりました。
そして今、常に新しい文芸世界と、その作家を「あなた」に紹介するための第一歩目を踏み出そうとしています。

初めてのことばかりで、何かと不慣れな部分もあるかと思います。

でも私たちはこの企画を、「あなたと」創り上げたい。「あなたと」成功させたい。

そして「あなたと」夢を語り合いヴィジョンを描き未来を実現してゆきたい。
今、これを読んでくださっているあなたも、その未来の一部です。

本企画を是非力強く拡散させましょう! サクセスしましょう!
より多くの方々にご賛同いただくために、ぜひこの記事のシェアをお願いいたします!!

編集部一丸となって、皆様から頂いた賛同のお気持ちと、個人個人でしかなかった作家の乗り込む方舟を作って、
未知なる文芸の水平線を目指して乗り組んでゆきたく思っています!!

「丘のうえ工房ムジカ」北澤眞人・颯木あやこ・葛原りょう

ここまで————

何はともあれ行動に移していきましょう!
今を大切に。

詳しくは↓

【活きのいい活字を読むならアンソロジー集『E+motoin』。文芸の旬を直送!!】
https://camp-fire.jp/projects/view/56071?token=39o9twpu

【丘のうえ工房ムジカ Facebook】
https://www.facebook.com/pg/bungeimusica/posts/?ref=page_internal

今日の一曲↓

E+motion プロジェクト始動❶

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去年の夏あたりから、出版事業を本格的に開始してます。
自費出版のお手伝いをメインに、コツコツと5冊ほど出版しました。

出版業界といいますか、クリエイティブ業界なのか、、、
たぶんあらゆる業界が、市場的にはずーっと閉塞していて、
資本は全て川上で堰き止められ、いくら操業しても経営が追いつかないという現状。

やはり、しぼんだ受注をあてにするのではなく、
より川上の仕事を、創出し組み立て実行してゆく。
そんな決意が出版事業に自身を駆り立てたと思うのです。

で、さらに推し進めて、実行に移したのがクラウドファンディングを利用した、
これからの物作りと資本の集め方・運用、そこをしっかり考えた出版企画の立ち上げです。

何がちがうのか、、、

「もの」の市場価値というのは、消費者が認め与えるものです。
売り手やメディアが、いくらその価値や説明を押しつけても消費者は納得しません。
消費者の納得とは、「信用」なのです。
近年、百貨店の小売りも、この消費者「信用」というものを非常の軽視してきました。
つまり消費者を馬鹿にしてきたのです。
馬鹿にされて楽しい人はいません。当然、そこには「信用」など生まれるはずはないです。
昨今の、買い控え経済は、売り手の傲慢が作り出した当然の帰結です。

しかしながら、クラウドファンディングでは、賛同を呼びかけ、少額投資を実現します。
賛同というのはつまり「信用」です。
「信用」を集めて成り立つというところに、
問題解決のヒントがると考えるわけです。

つづく

詳しくは↓

【活きのいい活字を読むならアンソロジー集『E+motoin』。文芸の旬を直送!!】
https://camp-fire.jp/projects/view/56071?token=39o9twpu

【丘のうえ工房ムジカ Facebook】
https://www.facebook.com/pg/bungeimusica/posts/?ref=page_internal

E+motionプロジェクト共同発起人 葛原りょう ムジカマジカPV↓

大衆文藝 ムジカ Vol.03 発刊!

日が短くなりました。年の終わりを早くも感ぜざるをえません。今年一年振り返ってみると、丘のうえ工房ムジカさんとの出逢いとその制作を通じて、クリエイターとして充実ある時を過ごせたという実感をひとつ得ることができました。
「大衆文藝 ムジカ Vol.03」は無事完成を見ることができました! まだまだ制作面で課題は残すものの、確実な一歩を踏み出せたのではないかと感じます。

今号は、月乃光司特集を始め、その他、沢山の著名人からの寄稿もあり、ボリュームのある内容となっております。編集長の葛原氏、プロデュースの大須賀氏の言葉にできない尽力あってこその結実であります。読み応えのある月乃氏との対談記事は必読の価値あり。

スマートフォンなど、ツールが進化しているこの時代、個人の発信力が問われ、また容易に発信可能な環境が出来上がっています。FaceBookなどSNSを駆使すれば、誰でも何処でも自己発信ができます。しかしながら、雑誌というアナログ的手法で、情報を編纂し、大衆に向けて表現者の声を伝えるということは、いつの時代も困難を極めます。

「新しさ」をツールという「箱」でただ飾るのではなく、あえて既知の印刷メディアで打ち出してゆく。「箱」が「新しい」のではなく、発信する内容がどこか「新しい」。その意思が斬新さを示唆し、より良き未来への衒いのない渇望が編集に盛り込まれている。この生きにくい世の中で、そんな彼ら丘のうえ工房ムジカの制作姿勢に、プリミティブな逞しさを感じるのです。

願わくば、この先も、時代の創出の一端を共に担えればと切に望みます。

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大衆文藝ムジカ Vol.03
丘のうえ工房ムジカ
定価926円+税

颯木あやこさん 「七番目の鉱石」

女流詩人。詩作経験がある私にとって、男性とはまったく異質な詩作の元型をもつ作家存在で、その作風も感嘆に値するものと認識している。なにかロジックを超えた感性剥き出しの魔的な魅力──また、深く内面的な詩〜ロルカの詩論でいうところの「カンテ・ホンド」を思わせ、人間の内に巣くう暗いバケモノ「ドゥエンデ(duende)」を感じさせる。
友人のひとりにそんな女流詩人がいる。詩人・颯木あやこでさんある。第3詩集「七番目の鉱石」をこのたびご出版され、その際、詩集の装幀デザインをさせていただいた。
男の私にはどうしてもジェンダーとして超えられない共感の壁がある。彼女の詩に込められた情念が、いっそう不可解な「暗いバケモノ」に思われ、制作過程において何度か作業の手が止まってしまうことも…。そして、「暗いバケモノ」は怖いだけでなく、繊細で美しい心象も持っている。その石英のようなキラメキを、私が提供するビジュアルで壊してしまうことが一番の恐怖だった。ともあれ、なんとかご本人に納得していただけるデザインを納められたようである。
ひとつの事柄が形を成す時にはいつも感動がある。今回は成果物としての詩集の完成、さらには、さる10月24日には、出版記念の朗読会に招いていただき、朗読・ご自身の声という詩の違った次元での享受も経験することがでた。感謝である。
あらため詩人・颯木あやこさんのその創作におけるバイタリティー、意思の強靱さを賞賛する。最後に第3詩集「七番目の鉱石」を紹介させていただき本記事を終わりにする。

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颯木あやこ 「七番目の鉱石」
栞解説文 野村喜和夫・伊武トーマ
装幀 北澤眞人
発行所 思潮社
定価 2,200円+税 A5判並製

村上春樹「女のいない男たち」より 「木野」

秋の雨が降っている。窓を開けると、冷たく湿った空気が部屋の中にまで忍び込んでくる。止むこともなく、それどころか、時折強い雨がアスファルトに音を立てている。つい先日まで夏だったとは思えないほど、秋というのはあっという間にやってくる。
あの夏の暑さは何処へ行ってしまったのだろうか。個人的に暑いのはとても嫌いなので、早く通り過ぎてくれないかと思っていたけど、いざそれが通り過ぎてしまうと、暑さの記憶さえ曖昧になってしまう。同じように、あらゆることの記憶も、過ぎ去ってしまうとリアリティを失う。

村上春樹「女のいない男たち」をふと読んでみたくなり、頁を繰る。「風の歌を聴け」からすべての作品の初版本を収集しているので(エッセイ等を除く)、「女のいない男たち」も発売日に買っていたのだが、気が向いた時に一篇ずつ読むことにしていたら、まだ読了できないでいるのだ。そしてやっと最後から二篇目にあたる「木野」を読む。
「女のいない男たち」は最近の村上春樹としては上質の作品群だ。あくまでも個人的な感想だが、村上氏は「ダンス・ダンス・ダンス」でその才能をほとんど消失してしまったと思っているので、その後の作品の多くは “昔からの義理” のような感じで読むことが多い。正直、「ダンス・ダンス・ダンス」以降で評価出来るのは、「スプートニクの恋人」と本作「女のいない男たち」くらいだ。
気に入ったウイスキーを少しずつ楽しみながら飲むように、気分が乗った時にだけこの「女のいない男たち」を読むようにしてるうちに、こんなにも時間が経ってしまった。自分は、本を読む時にはいつもボリュームを落として音楽をかけるのだが、今回は原田知世「music & me」を選んだ。彼女の優しい声が雨降りにはとても合う気がしたのだ。

「木野」は、例によって村上氏お得意の “喪失と復讐” に関する話である。誤解を恐れずに言えば、村上春樹のほとんどの作品は “喪失と復讐” しか描いていない。とくに近年はそれが顕著になってきている。作者本人が気づいているかはわからないけど。
「木野」において復讐は、過去の自分から起こされる。村上作品の多くがそうであるように、悪に手を染めるわけでもない一見まっとうな主人公は、自ら押し殺した感情に後になってから苦しめられる。そしてそれは主人公の人生を根こそぎ奪い去ってしまう。

村上春樹の作品は基本的にアンハッピーだ。それを楽しめるかどうかが、彼の評価を二分するのではないだろうか。
「木野」の中から、印象的な一節を引用してみる。

おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。本物の傷みを感じるべきときに、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。

出典:村上春樹「女のいない男たち」(2014) 文藝春秋 pp.256-257

恋人と別れてすぐに新しい恋人をつくる人をよく見かける。そういった人は本当にたくさんいる。でも、と自分は思う。「木野」の主人公のように、痛みと真剣に向かい合わないで遣り過ごしまうと、それは必ず後になって自分自身に復讐されてしまうのだ。何年後か、あるいは何十年後か。物陰に密かに隠れて復讐の時を伺い続けた自分自身の業によって、人は思いがけない痛みをこうむることになる。そういう風に、人生は出来ているのだ。

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村上春樹「女のいない男たち」

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原田知世「music & me」